事件

70歳受刑者、川越少年刑務所で死亡の、なぜ?…どんな罪?刑期は?死因は?

ゆびきた通信です!

川越少年刑務所で受刑者が死亡――のニュースです。
で、そういうこともあるんだ…とスルーな気持ちに、一瞬、なりかかりました。
でも、よく見てみると、その亡くなった受刑者、70歳なんですって!?

少年刑務所なのに……70歳???!!!
プチ混乱、ミニミニ混乱、ですね(;’∀’)

とにかくチェ~ックしてみましょう!!

事件の概要

事件について、埼玉新聞などが報道しています。

収容中の70代男性受刑者が死亡 室内で倒れ、刑務官の呼び掛けにも応じず
搬送先で確認/川越少年刑務所
4/7(火) 8:49配信埼玉新聞

▼ 川越少年刑務所で男性受刑者が死亡
埼玉県の川越少年刑務所は6日、同刑務所単独室に収容中の70代の男性禁錮受刑者が死亡した、と発表した。

同刑務所によると、5日午前8時15分ごろ、単独室内で、うつぶせに倒れている男性を巡回中の刑務官が見つけた。…中略…意識がなかったため救急車で病院に搬送したが約1時間20分後に死亡が確認された。

倒れている状態が見つかる約10分前には、男性受刑者が朝食を取っているのを刑務官が確認している。死因が判然としないため司法解剖して調べる。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200407-00000005-saitama-l11

報道…、少し遅い。
起きてほしくない事態が起きて、上層部に連絡したり、法務省に報告したりと、内部のバタバタが伝わってくる。

受刑者とはいえ、一人の人間がなくなった。
それも、管理されているはずの場所で。

受刑者とはいえ、人生の終焉は実にものがなしい。

どんな犯罪で収容中だったのか?そもそも、それは誰なのか?
刑期はどこまでつとめていたのか…などなど、疑問は尽きないが、それは明らかにされていない。
少なくとも報道機関への公表は、いまの段階ではなさそうだ。

川越少年刑務所の「少年」の2文字が受刑者にそぐわない。
70歳の受刑者が、少年の文字の付く施設、刑務所で過ごしたのはなぜか…?
落命の前、朝食をとっていたというのだが、それもものがなしい。

犯した罪がどういうものかにもよるが、人の死は死だ。
来世があれば、刑務所など、無縁でありますように。

※※※

亡くなった受刑者が「少年刑務所」に入っていた訳ですが、手続き的な見方もあるようです。サイト管理人としては、加えて罪に凶悪性が重大とまで言えない、あるいはほかの刑務所での態度が模範的などの理由も加わって、「少年刑務所」が収容先になっていたと推定してみました。正しいかどうかは保証の限りではありません。お詳しい方のご賢察、お待ちします。

川越少年刑務所のプロフェール

名称…川越少年刑務所
住所…〒350-1162 埼玉県川越市南大塚六丁目40番1号

収容定員…1,371人(少年受刑者 青年受刑者 禁錮受刑者)

概要…川越少年刑務所(かわごえしょうねんけいむしょ)は、法務省矯正局の東京矯正管区に属する刑務所。全国6箇所の少年刑務所のひとつであり、さいたま拘置支所、熊谷拘置支所の2ヶ所の支所を持つ。

職業訓練…全国に8つある総合訓練施設の一つであり、理容科、電気工事科、自動車整備科、木工科、金属造形科、総合左官科、畳科、情報処理科、クリーニング科、建築塗装科、ボイラー運転科、小型車両系建設機械科、フォークリフト運転科、数値制御機械科の14種目を実施している。科目ごとに20近い工場を有する。

施設…管理棟、拘置所、収容施設のほか、25メートルプール、グランドなどもある。

歴史(沿革)

  • 明治4年(1871年) – 入間県喜多町にあった牢屋を「川越囚獄」と改称
  • 明治6年(1873年) – 川越町廓町(川越城二の丸跡)に移転。軽罪囚を収容
  • 明治40年(1907年)12月 – 川越町脇田西町(現在の川越駅西口付近)に移転
  • 大正11年(1921年)10月 – 官制改正により「川越少年刑務所」と改称。18歳未満の少年受刑者を収容
  • 昭和26年(1951年) – 20歳未満の受刑者を収容
  • 昭和44年(1969年)11月 – 現在地に移転。浦和拘置支所(現在のさいたま拘置支所),熊谷拘置支所を所管
  • 昭和45年(1970年)3月 – 職業訓練のうち総合訓練を行う総合訓練施設に指定
  • 昭和47年(1972年)7月 – 受刑者分類規定の施行に伴い、26歳未満の懲役受刑者及び少年禁固受刑者を収容
  • 昭和57年(1982年)4月 – 東京矯正管区分類センターを併設

…すごいですね、明治4年設置の「牢屋」が始まりだったんですね。

参考 Wikipedia 川越少年刑務所HP 他

川越少年刑務所…画像紹介

写真=建物正面→施設外観→自動車整備工場→木工工場

ネットの声

男>少年刑務所、実は成年の受刑者の方が多いのです。教育や作業の指導が一般の刑務所より手厚いので、高齢者などで教育の機会がなかった受刑者等は読み書きや算数等も勉強したりします。義務教育修了レベルの学力がないと再犯リスクも高いですからね。

男>川越少年刑務所、通常は26歳までの受刑者を収容する施設です。川越少年刑務所の場合性犯罪再販防止教育や、薬物の再犯防止教育などが行なわれる関係で、対象の条件に適合した受刑者は年齢に関係なくこの施設に収容されます。

女>最後が塀の中というのは、私は嫌ですが、身寄りがなく世話してくれる人もいない人間にとってはどうなのでしょうか。

男>70代という年齢的にも、刑が確定してお務め予定の成人刑務所への移送待ちだった可能性が高いです。

男>川越少年刑務所は拘置館や分類センター(刑の確定者をどの刑務所に送るか仕分ける中継所的なイメージ)も併設されていて、他にも職業訓練で他の刑務所から来ている方もいるので26歳以上の人も預かっていたり入所して刑務作業に服しています。

男>記事より少年刑務所の実態を皆さんのほうが詳しくて勉強になりました。お爺さんが少年?の疑問が解けました。死因については呼吸器疾患有りとにおわせでしたが…どうしてもこの時期…奴(流行り病)を想像させられます。ゾワッとしました。

男>どこの刑務所がふさわしいのかを決めるための調査期間や、川越少年刑務所で行われている教育を受講するために一時的に入る期間、その他様々な理由によって70代でも少年刑務所に入ることがありえます。

女>年齢関係なく少年刑務所入れられたり、実は25~26位までは少年院入れられたりもするのも知られてなさそう。

女>なぜ少年刑務所に70代受刑者がいるのか説明くらいあっても良いかと。

男>70代になっても心は少年のままだったのか

まとめ

朝食をとっている様子が、刑務官が見ていたのことですので、急性心不全などが考えられるのでしょう。誰しも、穏やかに一生を終わりたいはずです。

亡くなった受刑者に家族はいたのでしょうか?…弔ってくれる方、いればよいと思いました。